北野武(ビートたけし)さんの名言や考え方から生き方を学ぶ。

北野武(ビートたけし)の名言・格言【有名人から学ぶ生き方のヒント】

北野武(ビートたけし)の名言・格言【有名人から学ぶ生き方のヒント】

 

【人物紹介】
北野武(1947年~)。
塗装職人の父・北野菊次郎と、母・北野さきの四男(幼少時に早逝
した兄が一人いるため、実質は三男として育つ)として生まれる。
足立区立梅島第一小学校に入学。教育熱心だった母により功を奏し
成績は優秀で、特に算数と図画工作が得意だった。小学校卒業後は、
母親が進学校を希望したため、近隣の中学ではなく、遠く離れた足立区立
第四中学校へ越境入学した。中学卒業後、東京都立足立高等学校に入学。
なお、小・中・高といずれも野球部に所属(高校は、軟式野球部)したが、
高校時期にヨネクラジムでボクシングを習っていたという。
高校を卒業し母親の薦めで明治大学工学部(後の理工学部)機械工学科に
現役合格し入学。しかし大学での生活には適応できず、五月病を患うようになり、
大学2年の時には、家出同然に一人暮らしを始め、新宿界隈で当ての無い
日々を送るようになる。 学生運動にも参加したが熱心ではなく、ジャズに
傾倒する。“LeftyCandy”や「新宿ACB(アシベ)」、名曲喫茶「風月堂」
などに入り浸った。また、ジャズ喫茶のボーイもしていて、ジャズの見識は
一部で有名であった。この頃は青春の葛藤期でもあり、友人の下宿に居候し
アルバイト三昧の青春時代を過ごす。ジャズ喫茶のボーイ以外に、
菓子の計り売り、実演販売員、ビルの解体工、クラブのボーイ、東京国際空港
での荷卸し、タクシー運転手、ガソリンスタンド店員を転々とする。
芸能に興味はあったが、アングラ演劇には馴染めず、「理工系なので文学的な
ものはわからない、しかし演芸なら自分にも理解できるだろう」という理由で、
いつしか芸人を志望するようになった。ただ子供の勉学に厳しく大学にまで
入らせて芸人の道を志した息子に、母は怒り嘆き、子供の頃から厳しい勉強を
強いられて窮屈な思いをしていた武は、これに猛反発。北野家においても、
近所の体裁を考えて「芸人を目指した北野家の武」という存在は無かった事に
なっていた。 1972年の夏、浅草のストリップ劇場・浅草フランス座で、
芸人見習い志願としてエレベーターボーイを始める。
その後は漫才コンビのツービートでの活躍を経て、ラジオやテレビ番組
でのMCや企画・構成、俳優や映画監督などで幅広く活用。

死ぬのが怖くてどうにもならない時期があった。
高校生から大学生にかけての時期は毎日のように死について考え、
死ぬ事に怯えながら生きていた。このまま死んでしまったらどうしよう。
そういう事ばかり考えていた。
死んだら人間はどうなるとか、天国や地獄があるのかとか、
形而上学的な問題を思い悩んでいたのではない。
自分が生きているという快感がないまま生きたって記憶も何もないまま、
この世から消えるのが怖かったのだ。快感といっても必ずしも楽しい
思いとは限らない。たとえひどく苦しい体験だったとしても自分が生きて
いるという事が味わえればそれで良かった。そういう意味じゃその頃、
恐れていたのは死そのものというより自分の思い通りに生きられない
窮屈で退屈な人生だったのかもしれない。もっとも何がしたいとか、
どんな人間になりたいとか、あるいはこういう生活がしたいとか、そういう
具体的なビジョンがあったわけでもない。いや、むしろそういうものが
何もない事も怖かった。何をしたらいいかもわからないまま川の流れに
呑み込まれるように人生を生きて、死んでいいものか。

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母親の事は今までに散々話してきた。一言なんかじゃとても説明できない
けど、とにかくよく働く人で、そしてこれ以上はないというくらいの現実家だった。
芸術とか哲学とか文学とか、そういう類のモノの価値をあの人はまったく
認めなかった。彼女にとって、そんなものは人生の無駄遣いだった。
そのお袋の考えでは俺の進路は理系の大学を出てどこかの大きなメーカー
に就職するという以外はあり得なかった。そしてその決定は家族にとっては
絶対だった。だから俺も明治大学の理工学部に入った時はこのまま普通に
卒業して堅気のサラリーマンになるのだとばかり思っていた。お袋のモノの
考え方に縛り上げられていたわけだ。にもかかわらず鳥籠の中で生まれた
鳥が自分を不自由だと思わないように俺も自分が縛られているなんて
考えた事もなかった。母親にしたって、そんな事は露ほども思わなかっただろう。
そうする事が俺のためと信じていたはずだ。それに俺はそのために母親がどれだけ
苦労して金を工面し、俺を大学に通わせているかをよく知っていた。
兄貴が自分の学問を犠牲にしてまで助けてくれているのも、わかっていた。
母親が考えた以外の選択肢なんて自分自身にも考えられなかったのだ。
けれど、あんなにも死ぬ事を恐れたのは結局、その事が原因だったのかも
しれないと今は思う。がんじがらめに縛られて自分の人生に対する何の選択の
余地もなかったからこそ自分が生きているという実感を味わう事ができなかったのだ。

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新宿駅の東口の横断歩道を渡っている時も、きっといつものように俺は
背中を丸め下を向いて歩いていたに違いない。ただ、その日の思いは
考えの道筋がいつもと違っていた。ふと、とんでもない事を思いついた。
「そうだ、大学を辞めよう」。どこからそういう考えが降ってきたかは、
よく憶えていない。雲一つない空に稲妻が走るように、その考えが頭の
中で閃いた。飛び降り自殺でもするような気分だった。
気持ちがふわーっと浮いたようになって蛇に見つめられたカエルのように、
その甘美な自殺のアイデアに魅入られていた。母親がどれだけ苦労して
俺を大学に通わせているかを考えれば4年生にもなった今ここで大学を
辞めると言い出す事が彼女にどれほどの心痛を与えるかはよくわかっていた。
それは、それまで俺を育ててきた母親を捨てるという事だ。母親にしたら
俺が死んだってそれほど驚かなかったかもしれない。俺としてもそんな事は
自分が死んだと思わない事にはとてもできない相談だった。だからそれは
言葉の遊びなどではなく俺にとっては文字通り自殺するのと同じ事だった。
自殺するのと同じことだけど、それはその時の唯一の確かな答えでもあった。
そういう風にして俺は大学を辞める事を決めた。あの時、横断歩道を
渡りながら見上げた新宿の空は後にも先にも見た事がないくらい真っ青に
晴れ渡っていた。それまで頭の上にもやもやと、のしかかっていた雲が
吹き払われて何もかもが見渡せるような気がした。少なくともその瞬間、
死への恐れは跡形もなく消えていた。自分の事を考えてもあの時期に
あれほど死を恐れていなければ、ああいう決断を下せたとは思えない。
もしかしたら、いつまでも巣立ちできずに母親の敷いたレールの上を
歩いていたかもしれない。思春期の子供を襲う死の恐怖は独り立ちする
ための本能のスイッチなのかもしれないと思う。少なくとも俺の場合は
そうだった。もっともあのまま母親の思い通りの人生を送っていたとしても、
それで不幸になったかどうかはわからない。ビートたけしという芸人が、
この世に存在しなかった事だけは確実だけれど、それはまた別の話だ。

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学生時代に感じたあの恐怖感、このまま自分が生きたいという快感を
味わわずに死ぬのは嫌だという恐怖は克服したという事になるのだろうか。
なるのだろうかなんて曖昧な語尾になってしまうのは、その確信がいまいち
持てないからだ。どんな凄い事をしても生きたという快感が味わえないと、
言いたい訳じゃない。その反対だ。その件に関しては、どっちにしても同じ
だったのかなと思うのだ。つまり芸人なんて目指さず普通に暮らして結婚して
子供を作って淡々と生きて淡々と死んでいった方が楽だったんじゃないかと。
なぜかと言えばやっぱり今の人生はかなり辛いものがあるからだ。
芸人をやって、映画監督をして。ビートたけしをして、北野武でもいるという
今の人生は本当に疲れる。物体は激しく動けばそれだけ摩擦が大きくなる。
人間だって激しく動くと熱を持つのだ。端から見れば輝いている本人は
熱くてたまらないのだ。星だって何千光年という遠くの地球から見れば美しく
輝く存在だ。「いいなぁ、あの星みたいに輝きたい」人はそう言うかもしれない
けれど、その星はたまったもんじゃない。何億度という熱で燃えている。
しかも燃え尽きるまで、そうやって輝いていなくちゃいけない。
これは真面目に結構辛い事なのだ。カッコつけている訳じゃない。
自分がそうなってみて実感としてそう感じる。
だから弱音を吐く訳じゃないけれど、何もこんな事をしなくても人生の快感を
得る事はできたんじゃないかと思う。コツコツと真面目に働いて家族を守り、
子供を育てる。それだけでも十分に人生を生きたという満足感は得られる。
有名になろうが、いい映画を作ろうが、その満足感には大差がないだろう事は
この歳になってみればよくわかる。とはいえ、まぁ、それじゃどっちの人生をお前は
選ぶのか?と問われたら苦しくても何でも熱い方の人生を選ぶと答える。
もう1回人生をやり直せたとしてもやっぱり俺は何億度という高温で燃える
ような生き方を選ぶに決まっているんだろうなぁとは思う。

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バイク事故を起こしてテレビカメラの前に出られるまでに回復したのは入院から
56日目の事だった。あの記者会見を見た人は憶えがあるかもしれないが、
そうはいっても顔は左右のバランスがメチャクチャで左半分はほとんど動かなかった。
眼球さえも動かないので左右の焦点が合わずにモノが二重に見えて頭痛がひどかった。
そんな状態でも記者会見をしたのは一刻も早く世間を騒がせた詫びをするという
つもりもあったけれど、それ以上に歪んだ顔をはやく人前に晒してやりたかった。
どうだ、こんなになっちまったぞ。見てみやがれ。
喧嘩を売るつもりはさらさらないが隠し撮りなんかされる前に自分から堂々と
見せてやろうと思ったのだ。まぁ、そんなこんなで俺は死地から生還した。
生き延びたのはどう考えてもただの運だと思う。そして気がついたら生きている事に
あまり執着を感じなくなっていた。と言っても死にたいとか生きるのが面倒だという
のではない。残りの人生はオマケみたいなもんだと開き直って無茶をするつもりもない。
生き延びた事は素直にありがたいと思う。
助けてもらった生命を大切にして生きようとも思う。あれ以来バイクも車の運転も
一切やめた。あれだけ吸っていた煙草も息切れするからやめた。ついでに酒も
やめればいいんだろうが、そこまでしたら何のために生きているかわからなくなりそうで
完全に断ってははいない。「酒をやめ、タバコもやめて仕事をして女も抱かずに
百まで生きたバカがいた」なんて歌があったが、そんな人生は真っ平だ。
それでも昔に比べればかなり酒の量も減らした。ありがたい生命だから次の映画を
撮るためにも自分にできるだけの努力はしている。だけどそうやって生きる事に
しがみついている訳ではさらさらないのだ。あの事故でわかった事は運命なんてものは
自分でどうにか動かせるものじゃないという事。どんな運命が待っていようと、
それをそのまま受け入れるしかないのだ。だからもし1週間後に死ぬと言われても
「ああ、そうか」と思うだけだ。そのまま生きていくと思う。いつものように夜になれば
普通に酒を飲みながら。どうせ明日死ぬんだからと無闇に量が増える事もないだろう。
いつも飲んでいるだけの酒を飲んで寝る時間が来たら寝て死ぬ時が来たら死ぬだけだ。
俺はいつでも死ぬ覚悟はできているぜ、なんて格好のいい事を言うつもりはない。
ただ淡々といつ死んでもいいかなと思う。
そういう意味じゃ、生きる事にあんまり興味がないのだというしかない。

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人類がこの地球上に出現して何百年経ったか知らないが死ななかった人間は
一人もいない。人間は誰でも死ぬ。人生のゴールは死ぬ事なのだ。競争なら
早くゴールに着いた方が勝ちだ。だったら早く死んだ方が勝ちなんじゃないか。
釈迦だって生きる事は苦しみだと言っている。それなら生まれてすぐに死ぬのが
一番幸せかもわからない。人生の苦しみを感じずに済むのだから。
人生は長生きすりゃいいってもんじゃない。物事というのは立場によって、
その見え方も意味も変わる。何かの本で読んだ話。ある山の麓で、おじいさんと
孫が山鳩の雛を育てていた。その山の反対側に別のおじいさんと孫がいて、
こっちは鷹の雛を育てていた。それぞれの雛が成長して飛べるようになったので
ある日、空に放してやった。そしたら鷹が山鳩を食べてしまった。山のこっち側では
山鳩が喰われたって泣いた。向こう側では鷹がはじめて餌を獲ったって喜んだ。
一つの現象なのに山のこっちと向こうでは、まるっきり正反対の事が起きたって
事になる。妙な話だけど人生の喜びや悲しみは根本的にそういうものだ。
この世で起きる事には本来何の色も着いていない。そこに喜びだの悲しみ
だのの色を着けるのは人間だ。子供がいじめられて仲間外れにされて自殺
するという話をやたらと聞く。イジメがどうのという前に仲間外れにされたら
生きてはいけないという子供が増えているんだなぁと思う。という事は例えば
小学校の一つのクラスのメンバーである事の方が死ぬとか生きるって事よりも
重要だと子供たちが感じているって事だ。大人たちは誰も友達なんかいなく
ても人は生きられるんだと言ってやらない。

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戦争が終わって人は自由になった。だけど自由になった個人は自由なった
自分に物凄い不安を抱いている。「なんでも自由にやっていいんだよ」と
言われた途端に自分が何をしたらいいかわからなくなってしまった。
だから誰でもいいからリーダーを探してくっ付いて行こうとしたり、何として
でも友達の輪の中に入れてもらおうとする。だから自分は一体誰なのかとか、
自分探しとか、今の若い人のテーマみたいな事になっているだろう。
インチキ占い師がもてはやされる訳だ。誰かに「お前は〇〇なんだよ」
って言ってもらわないと自分が何者だかわからないわけだ。若者が性懲りも
なく訳のわからない宗教だの教祖だのに騙され続けるのも金で買えないものは
ないなんて下品な事を言う金の亡者がヒーローになってしまうのも、そして
子供たちが自殺するのも、その根元には同じ問題がある。だいたい今の
社会は人生とは何かとか、人間の生きる意味は何かみたいな事を言い過ぎる。
若い人にはそれが脅迫観念になっている。何かというと、そういう事を言う
大人が悪いのだ。自分たちだって生きる事と死ぬ事の意味なんか絶対に
わかっていない癖に。天国や地獄が本当にあるのかも、神様がいるのか
いないのかも誰も証明した事がない訳だ。そういう曖昧な状態なのに生きる
意味を探せなんて事を言われたら、誰だって迷うに決まっている。
自分の能力だけでその迷いから抜け出せる人間なんて、ほんの一握りなのだ。
火星に人間を送り込むくらいなら生きる事と死ぬ事の意味を人類の総力を
挙げて研究するというプロジェクトに取り組むべきだ。その金を使って世界中
の学者が研究をすればいつか答えを出せるんじゃないか。宗教というものが
生まれたのも、つまりはそういう事がわからないからだ。もし死ぬ事が怖くない
という事になったら宗教なんかいらなくなる。人が宗教に頼る最大の理由は
やっぱり死への恐怖なのだ。死後の世界を誰も知らないから、それを教えて
くれる宗教を求めるわけだ。そして天国と地獄という概念が生まれた。

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人間が自然界のトップに立って他の動物に敵がいなくなった瞬間から人間同士の
殺し合いがずっと続いているのだ。アフリカなんていまだに部族同士の殺し合いを
やってる国がある。俺たちはそれを見て野蛮だなんて言っている。だけど何の事はない。
自分の国では子供同士が殺し合いみたいな事をしているわけだ。人間というものは
不思議な事に常にどこかに敵を作らないと平和ではいられない生き物らしい。
外に敵がいなくなれば身内に敵を作る。
平和を願う市民団体同士が喧嘩をしているくらいなのだから。

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自由に何でも好きな事をしなさいと言われたって何していいかわからないという
子供の方が多いんじゃないか。自由というのはある程度の枠があってはじめて
成立する。何でもやっていいよという枠のない世界にあるのは自由ではなくて
混沌だ。サッカーの事を考えてみればわかる。あんなに不自由なスポーツはない。
手を使うようになって猿が人類に進化したっていうくらいなのに、その手を使っちゃ
いけないと言うんだから。その不自由なスポーツになぜ世界中の若者が夢中に
なるのか。他人に束縛されるのは嫌だ、人間は自由なんだって言ってる若者だって、
じゃあボールを手で持って走ってしまうかというと、そういう事をした奴がいて、
それでラグビーというスポーツが発明されたという話もあるけれど。自由になった
分だけ若者の支持を得るようになったかといえば、そんな事はないだろう。
ラグビーがサッカーほど世界的なスポーツにならないのは、それだけ自由だから、
手が使えるからなんじゃないか。どこの国の人間であろうがサッカーの不自由さは
直感的に理解できる。逆に言えばペレとかマラドーナがどんなに凄い事をして
いたかはサッカーに詳しくなくても見れば誰だって一目でわかる。だから彼らは
世界のスーパースターなのだ。ロナウジーニョのパスやシュートがあんなにも
美しいのはサッカーという枠があるからだ。光と影みたいなもので不自由な
枠の中で戦っているからこそ自由というものが光り輝くのだ。重力で地面に
押し付けられていたからこそ空を飛ぶ事が人類の長年の夢だったように。
現代の教育は全く反対の事をやっている。子供に自由の尊さや喜びを
教えたいのなら、きちんとした枠を与えてやるべきなのだ。
分厚い壁が目の前にあれば子供は放っておいても何とかしてそこから自由に
なろうともがく。壁をぶち壊そうとする奴もいれば壁の下に穴を掘ろうとする
奴もいるだろう。壁の内側に誰も気付かなかった自由を見つける子供もいるだろう。
人間の知恵や想像力は壁や障害があってこそ豊かに発揮される。
知恵や想像力で壁を乗り越えるところに自由の喜びがある。何でも自由にやって
いいよという世界では知恵も想像力も働かせる必要がない。寝転がって喰いたい
ものを喰ってテレビでも見ていましょうという事になるのがオチだ。最近の子供には
やる気がないというけれど、それはそういう事の当然の結果なのだろう。
テレビゲームに夢中になる気持ちもわかる。ゲームの世界を成り立たせているのは
イバラの城だのドラゴンだのという障害物なのだ。何をしていいかわからないリアルな
世界から抜け出して子供たちはちっぽけな電脳世界で壁を乗り越える自由を味わって
いる。もちろん、そんな自由がヴァーチャルな偽物でしかない事は言うまでもない。
ゲームの怪物は倒せるように出来ている。子供がどんなに知恵を発揮して困難を克服
する喜びを味わったとしても、それはあらかじめプログラミングされたものなわけだ。

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子供とオタクはキレやすいというけれど、キレるというのは頭の配線が切れると
いう事だと思っている。必死で考えるという事がなくなったのだ。昔の子供が
「腹減って喰うものがない」と言うのは文字通り食べ物が何もない事を意味した。
けれど現在では「僕が好きな食べ物がない」という意味だ。この違いはかなり大きい。
クマさん(芸術家の篠原 勝之)が今の子に「何食べたい?」と聞くと「何でもいいよ」
と答えるといって嘆いていた。彼が子供の頃は大人に好きなものを食べさせてやる
と言われたら「熱を出すくらい必死になって考えた」なんて言っていたけれど。
昔は知恵熱なんてものがあったが今の子供たちは熱が出るほど考えるなんて事が
あるのだろうか。何でも欲しいものが手に入る。駄々をこねれば好きなオカズが
出てくるという天国みたいな暮らしでは、そんな必要はないんだろう。天国といっても
せいぜい食べ放題のレストラン程度の天国だ。だけど食べ放題にされたら、むしろ
食べる気はなくなる。食べる喜びもそこでは希薄だ。食べ物に限らず今の子供に
とっては、あらゆる事がこの食べ放題の店のような事になってしまっている。
遊ぶ事も勉強ですら。全てがどこかに用意されていて欲しいと言えば無尽蔵に
与えられる。何でも好きな事ができる。何にも考える必要がない。
子供がすぐにキレるわけだ。

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人間が食べ物の事を旨いとか不味いとか言うようになったのは、いつからだろう
という話をした事がある。他の動物と同じように、ひたすら生きるためだけに
喰っていた時代には、そんな事はどうでも良かったはずだ。という事は食事の
味をどうのこうのと言い始めた時期があるはずだ。それは、いつからなのか?
人間が他の動物に喰われるかもしれないっていう状況じゃ、食い物に旨いも
不味いもないんだろうというわけだ。なるほど、その通りかもしれない。
この話は俺自身にもあてはまる。俺が他人の成功を喜ぶ事ができるのも
他の芸人に喰われる心配がなくなったからだ。漫談家の綾小路きみまろさんが
売れた時、俺は本当に嬉しかった。自分と同じ世代からまだお笑いで人気者に
なれる芸人が出てきたわけだ。もし俺が今でも綾小路さんと同じ舞台に立って
2人で一つのポジションを競っていたとしたら、こんな風には喜べなかったはずなのだ。
もし自分が売れていなかったら、そりゃ会った時には口では「良かったね」くらいは
言っただろうけれど内心は「冗談じゃない。なんで俺が売れなくてアイツが売れ
るんだ」なんて思っていたに決まっている。同じ時期にこの世界に入って同じように
苦労した。だけど俺は25年前にはもう売れてたよという余裕が頭のどこかにある
から喜べたのだ。あんまり格好のいい話じゃない。売れて良かったと思う。
他人の成功を素直に喜ぶ事ができる。それがどれだけ幸せな事か、
この歳になってよくわかる。若い頃はいつもイライラしていて、とてもじゃない
けど他人の成功を喜ぶなんて気になれなかった。

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俺の時代のストリップ劇場がまさにそうで、お笑いを見に来ている客なんて
滅多にいない。そういう舞台で鍛えられているから浅草の芸人は凄いって
よく言われる。俺自身もそう思っていたけれど、あれは間違いだった。
芸人の本能として女の子の裸を見に来た客だろうがなんだろうがとにかく
笑わせようとするわけだ。けれど、その結果として芸そのものが下品になる。
昔はそれをテキヤ芸といった。テキヤが道を歩いている人を呼び止めてモノを
売りつけようとするのと同じ事で関心を惹くためにとにかく客を驚かせるような
芸になってしまう。基本的に芸を磨くにはやっぱりお金を払ってお笑いを見に
来てくれた人のために勝負した方がいい。良い芝のグラウンドでサッカーをした
方が上達が早いのは当たり前だ。料理人にしたって量が多けりゃそれでいいって
いうような大衆食堂でどれだけ修業しても、いい料理を作れるようにはならない。
いい料理の定義は別にしてだ。いい仕事を学ぶにはやっぱりいいお客さんを
相手にしないといけない。俺もストリップ劇場でずっとやっていたから、
演芸場で漫才をするようになって、こんな楽なお客さんはいないと思った。
なにしろ客は笑う事を目的に来ているのだ。ところが、それで空振りした
時の悲惨さといったらない。心の底から落ち込むし、とにかく焦りまくる。
ストリップ劇場でいくらスベってもちっとも気にならなかった。どうせ女の裸を
見に来た客と酔っ払いしかいないわけだからウケなくても当たり前なのだ。
しかし金を払って笑いに来ている客の前ではそういう言い訳はできない。
ウケないのは自分のせいでしかない。あれはかなり辛かった。
辛かったからこそ努力もしたし必死にもなったという訳だ。

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芸事というのはフリーなものだと思っていた。劇場で一番ウケる奴が
一番偉いというシンプルな実力社会だと信じていたのだ。それだけに
一層そうじゃないという現実に腹が立った。組織や社会に束縛される
のが嫌で芸人をやっているはずなのに、なんの事はない中に入ってみれば
むしろ世間よりもキツイしがらみの世界がそこにはあった。
それはまぁ芸事に限った事ではない。音楽の世界でも絵画の世界でも
同じようなものだったりする。若い優れた芸術家にチャンスを与える事を
目的とする、なんて言っておきながら実際には審査員や主催者の話し
合いで最初から受賞者が決まっているなんて話はいくらでもある。
だからあの頃はスポーツ選手が羨ましくてたまらなかった。
短距離でもマラソンでも誰の目にもはっきりとした勝敗がつく。
ヨーイドンでスタートして一番先にゴールに駆け込んだ奴が勝者なのだ。
この人は長年苦労いているからって3位とか4位の選手が金メダルを獲る
事はない。苦労しようがしまいが速いというその事だけで評価が下される。
それが演芸の世界では、なんで「この人は努力している」なんて理由で
たいして面白くない芸人が賞を獲ってしまうのか。それがショックだった。
客を一番笑わせているはずの自分が賞を獲れないという現実に来る
日も来る日もイライラしていた。漫才協会の幹部とかNHKに取り入って
賞をもらおうなんて考えはこれっぽっちも浮かばなかった。
何年かかろうとも俺はアイツらに関係なくのし上がってみせる。
それだけを考えていた。

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売れない頃、浅草で誰かが落とした痔の座薬を拾って家に帰って俺も痔が
悪かったから、その座薬を尻に入れながら「俺はいったい何をしてるんだ」って
情けなくなった時期がある。しかしそれから売れるようになって、一番仕事を
していた頃は1年で27億円くらい稼いだ事もある。芸人が1ヶ月で2億円
稼ぐのは株や土地の売買で儲けるのとは訳が違って肉体的にも精神的にも
くたくたになる。おまけに貧乏でひもじい思いをしていた時にはもちろん何にも
手助けしてくれなかった税務署が当たり前という顔でとんでもない額の税金を
持っていく。税務署はせめて「ありがとう」の一言くらい言えと思うのだが感謝の
言葉は今までで一度も聞いた事がない。馬鹿な無駄遣いも散々したけれど
金の事で大怪我せずに済んだのはカミさんのおかげだ。給料袋の時代から
稼ぎは中身も見ずにカミさんにそっくり渡している。
だから自慢じゃないが俺はいまだに自分の稼ぎがいくらか知らない。
俺が毎月使う金はカミさんからもらう小遣いだ。

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人間は殺生しなきゃ生きていけない。セックスしなきゃ子供ができないし、
ウンコも毎朝しなきゃいけない。そして生きていくには金が要る。俺は金が
欲しいだなんて、そんな当たり前の事を言うのは俺はウンコするのが大好き
だと言うのと同じというわけだ。人間なんてものはどんなに格好つけていても
一皮剥いたら色んな欲望の塊みたいなものだ。
でもだからこそ、その一皮のプライドを大事にしなきゃいけない。
それが文化というものだろう。お金がない事を、そのまま「下流社会」と
いってしまう下品さに、なぜ世の中の人は気がつかないのだろう。

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友情は金で買えないという話がある。金で買おうとする根性が間違って
いるという話ではなく、そもそも友情の意味がわかっていない。友情が
金で買えないのは当たり前だ。何故かといえば、そんなものはハナっから
存在しないからだ。ないものを買おうとしちゃいけない。「お前に困った事が
あったら必ず俺が助けてやる。俺が困った時はお前が助けてくれ。
俺たち友達だよな」こんなものは友情なんかじゃない。
いい思いをするというのは相手に確実に迷惑を掛ける事になるのだ。
「お前が困ったら俺はいつでも助ける。だけど俺が困った時には俺は
絶対にお前の前には現れない」これが正しい。お互いにそう思っている所に
初めて友情は成立する。昔助けてやったのに、なんで今度は俺の事を
助けてくれないんだ?なんて思うとしたら、そんなもの初めから友情じゃ
ないのだ。自分が本当に困っている時、友達に迷惑はかけたくないと思うのが
本当だろう。要するに友情というのはこっちから向こうへ一方的に与えるもの
で向こうから得られる何かではない。友情とは自分の相手に対する気持ちだ。
友情から何かを得ようと考える事がそもそも間違っている。損得尽くで考える
なら友情は損するだけのもの。だけどアイツが好きだ。困っているのを知ったら
助けてやりたい。そういう自分の気持ちを買えるとか買えないとか言っている
こと自体がおかしな話なのだ。ふっと周りを見回して、そういう風に思える
友達が一人でもいたら幸せだ。変な言い方だけど自分のために死んで
くれる人間が何人いるよりも、そいつのためなら命を賭けられるって友達が
一人でもいる方が人間としては幸せだと思う。

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若手を場違いな店に連れて行ってしまう事がたまにある。俺も若手の頃、
師匠たちに「旨いもん喰わせてやるから」って分不相応な高級料理店に
連れて行ってもらった。粋な人はそういう時さり気なくこっちの様子に気を
配っていて「コイツには居づらそうだな」って見抜くと上手にかばってくれた。
かばう方法は、その人の個性によって違うけれど例えば好きで常連に
なっている店なのに平気で文句をつけたりする。
「この店は客に高いものばっかり喰わそうとしてんじゃないか!」まるで
下品なオヤジの台詞だけど自分がピエロになって店のランクを若手の
レベルに引きずり降ろしてやるわけだ。「あのコック今じゃ偉そうな顔してる
けど、昔は屋台引いてたんだぞ」なんて言いながら、どうせ後でこっそり
店のオヤジに謝ってるのだ。「この間はごめんな。あの若いの、こういう店に
慣れてないからよ」どんなテーブルマナーに詳しい人よりもそういう粋な
男の方が一緒にいても気持ちがいいし、ずっと上品だと思う。

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メールで自分の気持ちを十分伝えられるという子供がいるとしたら
逆に恐ろしい。メールで伝えられる程度の単純で画一化された
気持ちしか知らないという事なのだから。もっともそんな事を言う若者
だって無意識にもどかしさを感じているだろう。だからこそ、いつもメール
にかじりついているんじゃないか。自分の思いも相手の感情もメールじゃ
十分に伝わらない。伝わらないからまたメールを送る。
けれどメールにメールを重ねてもその隙間は埋められない。
人間の感情は0と1の2進法に変換するにはあまりに複雑すぎるのだ。
CG画像を拡大したらドットの集まりが見えてくるようにメールのやりとりを
すればするほど隙間は大きくなる。その隙間の感情が見えないからじゃん
じゃん不安になる。自分だけ仲間外れにされている気がしてまたメールに
かじりついてしまう。そういう底なし沼に落ち込んでいるんじゃないか。
俺たちの世代ならそんなもの解決するのは簡単だ。
会って話しゃいいじゃねえか。腹が立っているなら殴り合いの喧嘩を
すればいい。好きならどうして手を握らない。一発の拳骨が1回の
抱擁が1000本のメールよりもたくさんの事を相手に伝えるなんて事は
いくらでもある。メールどころか面と向かってどれだけ話したってわかり
合えない事があるのが人間なのだ。生身と生身でぶつかって、とことん
やり合って、それでもわからなきゃ諦めればいい。人間なんて、そう簡単に
わかり合えるものじゃないのだ。無様といえば無様だ。けれど、たまにはそれで
わかりあえる事もあるわけで。本当の友達なんてものは、そうやって作るものだ。
だからこそ友達はありがたいんじゃないか。今の若者はそういう付き合い方を
あんまり知らないだろう。いや、知らないんじゃなくて、そんな汗臭い付き合いが
面倒臭いだけだと言うかもしれない。だけど「その気持ちわかる!」なんて下ら
ない陳腐なメールのやりとりで人と分かり合った気になっているから、ふと一人に
なった時に誰も本当の自分を理解してくれる人がいないなんて悩んだりする。
ただの馬鹿だ。面倒くさい事を避けてばかりいると人間は馬鹿になる。
脳味噌を発達させるのは要するに面倒くさい事なのだ。そこに文明の
パラドックスがある。道具のお陰で何かが便利になればその分だけ確実に
人間の能力が退化する。つまりこれは文明そのものが抱えている病理なのだ。

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昔なら何か月も船に乗ってようやくたどり着いたヨーロッパも何万円かの
安売りチケットを買いさえすれば半日で着いてしまう。地球の裏側にいる
人とだって携帯電話で話ができる。インターネットに接続すれば何万冊の
百科事典なんかでもかなわない膨大な知識が手に入る。
お陰で俺たちは現代人が人類史上で一番頭がいいと信じている。
だけど、それは大きな間違いだ。飛行機でいえば、あんな鉄の塊がどうして
飛ぶのか携帯電話でなぜ遠くの人と喋れるのか。きちんと説明できる
人間は10人に1人もいない。仮に説明できたとしてもじゃあ、その設計図を
書いてみろと言われて書ける人間が何人いるか。文明の利器なんてものは
大半の人間にとってはただの魔法の箱、理解不能のブラックボックスだ。
俺たちの頭の中身は何千年も昔の人と全く変わっていない。
人類の文明を発達させたのはごく一握りの天才なのだ。
なにしろ今の大学の数学家を卒業した奴だって100人が100人ともガウスの
理論を理解する事はできないだろう。ちなみに言えばガウスは1700年代の
数学者だ。300年前の人がガウスを理解できなかったように俺たちもガウスが
理解できないというわけだ。だから自分がどんなに凄い機械を使っているからと
いって頭がいいなんて思わない事だ。北京原人の子供を連れてきて育てたら、
今の人間と同じくらいの知能に育つって話を聞いた事があるけれど俺たちの
脳味噌は原始人の時代からほとんど進歩していないんだという事はよく肝に
銘じておいた方がいい。いや実際には退化していると言ってもいいくらいだ。
さっきも言ったように便利な道具のお陰で人間の能力は退化しているのだから。
ほんとにテレビはおろか鉄も野菜もマッチ1本だって自分じゃ作る事ができない。
木切れを擦り合わせて火をおこす事ができた昔の人の方がよっぽど上等なのだ。

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俺は俺自身のために映画を作る。自分のために撮って後は「アンタも見る?」
と聞くだけだ。監督が手段という人にとって映画は表現手法の一つだ。
だから自分の映画を客観的にみる目を持っている。野球でイチローがヒットを
打って客席は大騒ぎしているのに本人のイチローが首をかしげている事がある。
「あのヒットは駄目です」って。周囲の歓声に関係なく自分のバッティングを
冷静に客観的に見ているのだ。世界一の記録を作って人気者になって
イチローの野球人生は幸せいっぱいに見えるけれど、きっと周囲が想像する
ほどは楽しんでいない。バッティングもそうなんだろうが映画なんてものは
客観的に見れば駄目なところだらけだ。完璧な映画なんてあり得ない。
いつもこれが最高傑作だと思って映画を作っているけれど完成して試写を
見た瞬間からもう次の作品の事を考え始めている。
今度こそ、凄い作品を撮ろう。黒澤さんだって「あなたの最高の作品は?」
と聞かれて「次の作品です」って答えていた。あの人も、おそらくそれほど
楽しんでいなかった。自分を客観的に見るというのは、そういう事だ。
信じているのは結局のところ自分の感覚であって他人の感覚じゃない。
そういう自分のために撮った映画を公開するのは俺が面白いと思う事を同じ
ように面白いと感じる他人がいる事を信じているからだ。世界の60何億人の
何%かが俺の映画を見て面白がってくれれば俺は映画を撮り続ける事ができる。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
同じ人物内やジャンル内でも今後更新して
増やしていきますので、また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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