発明家、起業家として有名なエジソンの名言や考え方から生き方を学ぶ。

エジソン(発明家、起業家)の名言・格言【有名人から学ぶ生き方のヒント】

エジソン(発明家、起業家)の名言・格言【有名人から学ぶ生き方のヒント】

 

【人物紹介】
トーマス・エジソン(1847年~1931年)。
アメリカ合衆国の発明家、起業家。
耳は不自由、小学校は数ヵ月で退学。
父親からは虐待を受けるような環境で育った。
幼いころから正規の教育を受けられないという困難に見舞われたが、
図書館などで独学した。新聞の売り子(販売員)として働くことで、
わずかなお金をコツコツと貯め自分の実験室を作った逸話などがある。
16歳の頃には電信技士として働くようになり、さまざまな土地を
放浪しつつも、自力で様々な科学雑誌を読破して学び続け、その後、
世界最大の企業「ゼネラル・エレクトリック」の創業社長となる。
生涯におよそ1,300もの発明と技術革新を行った。
蓄音器、白熱電球、活動写真、電話機の実用化、トースター・・・。

最初のひらめきが良くなければ、いくら努力してもダメだ。
ただ努力だけという人はエネルギーを無駄にしているだけなのだが、
この事をわかっていない人があまりに多い。

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幼い頃、小学校の先生から「お前の脳ミソは腐っている」と馬鹿に
された事があった。それがきっかけで学校を自主退学し、自宅で
母親と共に勉強するようになった。母親のナンシーは自分の息子の
可能性を信じ、できるかぎりの応援を惜しまなかった。
その愛情とサポートがなければエジソンは単なる落ちこぼれで終わって
いたかもしれません。エジソンは子供や部下の可能性について
「腕を鍛えれば筋肉がつくように頭も鍛えれば使いものになる」と言い、
「難しい言葉を使わず子供たちの好奇心を満足させる方法を
工夫する事が大切だ」と語っています。

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多くの人は自分が貧乏である事を認めたがらない。
あるいは「お金儲けは、はしたない事だ」と自らを納得させている。
エジソンは貧しい家庭に生まれましたが幼い頃から野菜の行商で
お金を稼いだり、列車の中で新聞を販売するなど、商才を発揮し
ていました。お金の大切さが身に沁みていたのです。
耳が不自由であったエジソンはこんな事を言いました。
「耳が聞こえない事より、お金の有難さに気付かないままでいる事の
方が悲劇だ」。そして彼はお金儲けの目的をはっきりさせていました。
自分の知的好奇心を満たすために必要な資材を手に入れるための
お金儲けであって立派な屋敷に住み、高級車を乗り回し、グルメ料理を
楽しむためのものではなかったのです。最終的には発電システムの発明と
商業化、その他の発明品のおかげで大富豪にはなるのですが手にした
お金はほとんど新たな研究や実験に再投資していたのです。

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困難は誰にでも降りかかってくる。その苦しさから逃れるために人は
お酒や薬に頼ろうとする。しかしそれではますます泥沼に陥るだけだ。
エジソン自身、悩み多き人生でした。少年時代は学校の先生や
父親に馬鹿にされたり、虐待される事もしょっちゅう。
その後、耳も聞こえなくなり放浪者のような生活をした時期もありました。
ホームレスのような不安定な青春時代を送ったのです。多少落ち
着いて発明家の道を歩み始めた時も売り込もうとした発明品は
ことごとく市場からは受け入れられない。まさに失意のどん底を
這いずり回っていたのです。しかしエジソンは諦めませんでした。
常に気分を変え心を引き締め、失敗や挫折の原因を考え抜きました。
徹底的に考える事で活路を発見したのです。
その結果、「悩みの解決には仕事が一番の薬だ」という結論を得ました。
晩年、エジソンは「もし、やりたい事を少なくしていればもっとラクな人生を
送れたかもしれない。しかしそれでは世の中には貢献できなかったに違いない。
苦しくとも精一杯仕事に励んだ自分の一生に悔いはない」と述べています。

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「私は死ぬまで仕事を続けるつもりだ」。
エジソンは1847年に生まれ1931年に亡くなりました。
84年の生涯は仕事三昧でした。小学校に半年ほどしか
通えなかったエジソンにとって家で母親から読み書きを学び、
図書館の本を片っ端から読む事が最初の仕事でした。

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私は日頃から食事の量をコントロールし、常に腹八分目を心掛けた。
具合が悪い時には絶食によって体調を整えた。

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私は発明起業家として大成功した後も、食べる物や着る物には
贅沢しなかった。メモ魔だったので健康管理の観点からも毎食、
何を食べたかを克明に記録していた。朝食はトーストとマトンチョップを
少々、それにコーヒーを1杯。昼食は魚のフライを2切れ、アンチョビを
乗せたトースト、リンゴに紅茶。デザートにアップルパイ。
夕食は野菜中心。肉類はほとんど食べていない。
毎回、量は少ないが、よく噛んで食べた。要は食べた物から
最大限のエネルギーを吸収するように努めたのです。

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実験に疲れたり、研究に行き詰まると釣り竿を1本ぶら下げて
メキシコ湾に突き出した桟橋のはずれまで出掛け、一人で
釣り糸を垂れるのが常でした。糸の先にエサはつけていません。
目的は魚を釣る事ではないからです。全身を自然にさらすと、
不思議な事に少し前まで頭を悩ませていた問題への解決策が
自然と浮かんできたそうです。

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もっともらしい考えの中に、新しい問題の解決の糸口はない。

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耳が不自由であったエジソンですが音楽には並々ならぬ
関心と情熱を注いでいました。蓄音機の発明も「本物の
音楽を一人でも多くの人々に楽しんでもらいたい」との思い
からスタートしたのです。彼自身がレコーディングする曲を
全て選んだといわれています。耳がよく聞こえないぶん、
楽曲が演奏された際の震動を参考にしたのです。
バイオリンでもピアノでもオペラ歌手や合唱でも、そのリズムや
響きを楽器に直接触れたりバイブレーションに置き換えたりす
る事で良し悪しの判断の参考にしたのです。またレコードを
逆回転で楽しむというのも耳の聞こえる人なら思いつかない
方法だったはずです。同じく耳の不自由であった三重苦の
ヘレン・ケラーとも仲が良く、よく二人でピアノの脚に抱きついて
弦の震動を全員で受け止めていたそうです。彼らは耳が聞こえ
なくとも独自の工夫によって音楽を楽しむ方法を編み出していたのです。

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一つの事ばかり思い悩んでいても、良い考えは浮かばない。
同時に複数の問題を抱えている方が良いひらめきを得るきっけかとなる。

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御木本幸吉といえば安政5年(1858年)に鳥羽のうどん屋の
長男として生まれ、苦心の末、真円真珠を養殖で生み出す
事に成功し世界の真珠王と呼ばれた人物です。
そんな御木本が差し出した贈り物の真珠を手にしてエジソンは
「これは養殖ではなく真の真珠だ。私の研究所でできなかった
ものが二つある。一つはダイヤモンドでもう一つは真珠である。
自然界の力を利用した、あなたの発明には脱帽する」と
感嘆したそうです。この出会いがきっかけとなりエジソンは
自然界に存在する植物や動物の力を応用した発明手法に
関心を寄せるようになったのです。

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人から批判される事を恐れてはならない。
それは成長の肥やしとなる。

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人は持っている能力の1%も使い切っていない。
大半の人間は楽をしようと、いろいろな理由を考える事には
熱心だが、自分からフル稼働させる事はほとんどしない。
これでは「ここ一番」という時に実力が発揮できないのも当然であろう。

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エジソンのもとには毎日多くのファンレターが届いた。
そのうちの大半が「成功の秘訣」を聞き出そうとするものであった。
エジソンはラジオ放送を通じて次のように答えている。
「自分は毎日18時間働く事にしている。つまり普通の人の倍である。
今自分は45歳だから普通の人の90歳分に相当する仕事をこなして
きたといえるだろう。しかも若い頃には20年分は余分に働いてきた。
という事は一般的にいうと既に110歳くらいにあたる。現在のペースで
あと20年は働けると思うのでトータルでは150歳くらいまで働いた事に
なるだろう。これだけ働けば人の倍の成功を得ても当たり前だと思う」。

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筋力も脳力も鍛えなければ衰えるだけとなる。

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失敗が重なった時は出発点に戻る勇気をもて。
自分の間違いを発見すれば大急ぎで引き返せばいい。
それをせず途中の成功に固執すると結局失敗してしまう。

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エジソンは少年時代に乗り遅れそうになった列車に乗ろうと
して車掌に耳を掴んで引っ張り上げてもらった。列車に乗る事は
できたのですが、耳の奥でツーンとする感覚を最後に左耳が
聞こえなくなってしまいました。その後、徐々に右耳も聞こえにくく
なったといいます。しかしエジソンはくじけませんでした。
それどころか逆転の発想でハンディを長所に変えてしまったのです。
エジソンは日記にこう記しています。「人は聞きたい時に聞きたい
事しか聞かないものだ」。何かを聞き流すような人生ではなく、
耳の代わりに例えば「目」から聞き取るような生き方を選んだのです。
聴力の異常を感じ始めた時から読書に没頭したという。
「耳が不自由であるからこそ蓄音機や電話の発明や改良に
成功できた。耳の聞こえない事のデメリットを嘆くより、そのメリットを
活かす事を考え、実践する事で道は開ける」。

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エジソンのまわりには未来の発明王を目指して数多くの若者が
集まってきました。しかし彼らは研究や実験に行き詰まると簡単に
諦めてしまいました。エジソンは驚くと同時に呆れてしまったのです。
なぜ若い研究者や技師たちはこんなに簡単に諦めてしまうのか。
結局彼らには何かが欠けている。それは何か。エジソンがとなえた
成功の方程式は「野心、創造力、昼夜問わず働く意思」の足し算。
中でも「野心」をトップに掲げている。
意外に思うかもしれませんが「ニュービジネス」をおこした企業家の
エジソンの成功の秘訣は「世界最高の発明工場を作る」という
長期的野心に裏付けされていたのです。残念ながらエジソンの
名声にひかれて集まってきた若者たちの多くは目先の成功や
金儲けに憧れていたに過ぎないのでした。

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楽な道を歩もうとする人は多い。
楽して儲けようとする人も多い。需要と供給の関係から
明らかなように、そのような人には平凡な結果しか待っていない。

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私が発明を始めた頃、成功すると予測した
新聞記事は全体の6%だった。

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エジソンは発明家として成功し有名になってからも、様々な
批判や批評に晒された。一般の市民もマスコミも調子がいい時
には「エジソンに聞けば何でもわかる」とおだてながら、実験中に
事故が起きたり、少しでも商品化が遅れると大騒ぎをして
「もうエジソンの時代は終わった」と皮肉るのが常であった。
中でもマスコミから求められて「神」についてコメントした際には
宗教界から猛反発を食らった事がある。エジソンいわく「天国とか
地獄、あるいは来世とか人格的な神の存在とか宗教家はいろんな
説を唱えるが私はそれらの科学的な証明を見た事がない」。
見た事がないものは信じられない、と言ったのである。

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「本ほど時代や世界を超えて対話を楽しめる相手はいない」。
エジソンの新聞好きは有名です。毎朝届けられる朝刊5紙を最初に
読むのが楽しみで、もし誰かが先にページを開いたりしようものなら、
機嫌が悪くなりました。一般紙以外にも様々な専門誌に丹念に目を
通していました。しかしそれ以上にお金と時間を費やしたのは読書でした。
幼い頃から読書に夢中で、デトロイトにある公立図書館の本を全て
読破したとの伝説も残っているほどです。そのような少年時代の乱読を
経てエジソンは発明ビジネスの世界に入ると研究テーマに関連する書籍を
まとめ買いするようになりました。彼の書斎や研究所には今でも数十万冊
の蔵書が残されているようです。

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読書は時間の節約になる。たくさんの本がある中で読むべき本を
選ぶ事が大切だ。そのポイントは複雑な内容をいかにわかりやすい
言葉や身近な事例を使って説明してあるかどうかだ。
残念な事に科学関係の本の中には自分だけがわかっていて読む
人の事を考えていないような著者による作品も多い。どんな分野
でもそうだが本当の傑作といえるような作品は極めて稀である。
物事の本質をとらえている作者は平易な言葉で説明できる。
その逆の著者のものは読んでも時間の無駄になる。

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多くの情報を短時間に詰め込もうとすれば脳は委縮してしまう。
楽しみながら学ぶのがベストだ。

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首から下で稼げるのは一日数ドルだが、首から上を動かせば無限の富を
生み出せる。力仕事も必要だが、それだけではあまりお金は儲からない。

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人々の抱く不満の元を知る事こそ、新たなビジネスの出発点である。
放火事件に絡んで被害者と保険会社の間でトラブルが発生して
いるとの記事に目がとまった時の事。保険会社は木造の建物には
高い保険料を請求していたのです。その結果、エジソンは
耐火鉄筋コンクリート住宅の発想を得たのです。

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多くの人々に受け入れられる発明品は操作が簡単でなければならない。
目で見て使い方が一瞬でわかる。それがエジソンのスローガンでした。
エジソンの売り出した商品には分厚い取り扱い説明書など付いていませんでした。

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ユーモアが通じない人はビジネスチャンスを失う。
エジソンと自動車王ヘンリー・フォードは親子ほど歳の差があった
にもかかわらず深い絆で結ばれていました。父親を慕うように
フォードはエジソンのもとに足繁く通ったのです。もともとガソリン
自動車にしても、エジソンの工場で一時働いていたフォードが
エジソンの激励とアドバイスを得て、完成にこぎ着けたのです。
その間二人は仕事でも私生活でもまさに「男の友情」を育んで
いきました。両人に共通したのが「ユーモア好き」という点です。
フォードはエジソンのもとを訪ねる時には必ずといっていいほど
新ネタのジョークを用意していました。
エジソンがいつでもユーモアの話の競争を挑んでくるからです。
エジソンの発明工場の大火災の際にしても、知らせを聞いた
フォードは早速、現場に駆け付け「素晴らしい花火を見させ
ていただき、ありがとうございました。大勢の見物人がいたようですが
誰も見物料を払っていませんね。私に立て替えさせてください」と
その場で、金額無記入の小切手をエジソンに手渡しました。
工場再建の足しにしてくださいという意味です。

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私は簿記は苦手だが経済そのものを考える習慣を大切にした。
エジソンはお金の出入りには無頓着でした。仕事を始めた頃から
金銭管理といえば請求書と入金伝票を壁にピンで留めておく
だけでした。そのため自分の給料も従業員への支払いも毎月、
綱渡りでした。しかし発明にとりかかる前には、その経済的効果を
徹底して考え抜きました。その際、最大の関心事は「売れるかどうか」
「消費者の払える範囲内かどうか」という事でした。
エジソンは常に一般消費者に買ってもらえる発明品にこだわったのです。

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私は数学者を雇う事ができるが、彼らは私を雇う事はできない。

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「目的をもって記録を取れ。自分はメモ魔に徹したおかげで、
命を救われたり財産を築く事ができた」。発明家になってからの
実験メモは「発明をマネされた」と訴えられた時に彼の立場を
守ってくれる重要な証拠となったのです。彼のメモがそのつど
味方してくれたのです。発明王は裁判所を後にするたび
「メモこそ命の恩人だ」とつぶやいたといいます。

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「現状に満足した若者しかいない社会は発展しない」。
世の中が騒然としていたり、それまで誰もが考えつかなかった
ような遊びやスポーツが流行する時にはたいていの場合、
その主役は若者である。すると、きまって「今時の若者は
何を考えているのかわからない」といった大人の声が聞こえる
ものだ。そういった社会現象はエジソンの時代も今もほとんど
変わりません。エジソンは若者が造反に走ったり社会の秩序を
破壊するような行動に出た場合でも「既成の仕組みに反抗
する事は社会の進歩のために欠かせない」として大いに歓迎しました。
「社会不安が社会変革のきっかけになる」という考え方は逆説的の
ようですが人々の価値観を変えるパワーを秘めているという事は
間違いないのです。エジソンはこのような考え方を発明にも応用しました。
若者たちの「創造的破壊力」からもユニークは発想やビジネスの
ヒントを吸収したのです。音楽にかける若者たちの情熱を察知して
エジソンは蓄音機やレコードを発明しました。また「動く写真」といわ
れた映画の原型「キネトスコープ」を発明し「列車大強盗」や
「初めての口づけ」などの映画を製作したものも、ダイナミックで
刺激的なイメージを求める若者たちの関心をとらえた結果です。

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発明王として名声を確立したエジソンは新聞紙上で人生相談を
はじめました。様々な悩みや質問が寄せられたが、中でも多かった
質問は教育に関するものでした。エジソンは「全ての原点は家庭
教育にある」と主張しました。
また「どんな勉強や学問をするにしても将来どんな仕事に就くにしても、
最も大事な事は「観察力」を養う事である」とアドバイスしたのです。
学校では暗記力にウェイトをおきすぎている。教師は生徒に次々に
知識を与えようとする。しかも体験は二の次で、とにかく頭の中に詰め
込もうとする。これでは子供の頭の中は断片的知識で混乱状態に
陥ってしまう。そこで必要になるものは一見無関係な事実や出来事を
交通整理する事である。バラバラに見える事実の関連性を見出せば
初めて教えられた事実が生きた情報や知識に変身する。
その結果、記憶力も倍増する。

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人は誰でも他の人には真似の出来ない才能を秘めている。
しかし現実には自分の才能にピッタリ合った仕事をしている人は少ない。
多くの人々は自分が満足していなくとも何となく「人生とはこんなものだろう」
という惰性に流されて日々を暮らしている。その結果、仕事でも人間関係
でも思うようにいかなくなると自分の事は棚に上げ、他人や環境のせいに
してしまう。そんな責任転嫁や言い訳だらけの言動に接すると必ずエジソンは
「自分で考える努力を怠った当然の報いだ」と手厳しい反応を見せたそうです。

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数々の発明で億万長者の仲間入りをしたエジソンは高校生を
対象にしたエジソン奨学金を設立しました。優秀でも大学に通う
経済力のない若者を応援するのが目的でした。その選抜試験は
毎回、アメリカ中の関心を集めました。
なぜなら単なる知識をたずねるのではなく学生の柔軟な思考を
問う問題が多かったからです。例えば「音楽と雑音の違いを
物理学の観点から述べよ」とか「教会のオルガンは一定の暖かさが
ないと、寒い冬には音が外れるのはなぜか」といった内容でした。
新聞記者はこういった試験問題をアインシュタインの所に持ち込む
のですが毎回、天才物理学者も頭を悩ませたようです。しかし結局は
エジソンも大喜びするような名回答を捻り出しているのです。そんな事も
ありエジソンはアインシュタインに対しては深い尊敬の念を抱いたのです。

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何事にも潮時がある。人の命も同じだ。年をとらない薬や不死の命を
手に入れても幸せにはなれない。人間は分をわきまえる事が肝要である。
自分の人生を力いっぱい充実させた人は延命など望まないものだ。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
同じ人物内やジャンル内でも今後更新して
増やしていきますので、また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。



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