歌手であるマドンナの名言や考え方から生き方を学ぶ。

マドンナ(歌手)の名言・格言

マドンナ(歌手)の名言・格言

 

【人物紹介】
若い頃、スターの座を夢見てたった35
ドルを手に単身ニューヨークへ。僅かな
時給のウェイトレスやヌードモデルをし
ながら生活をつなぎダンスのレッスンを
続けてデビューのチャンスを手に。
世界で最も成功を収めた女性音楽家で
あり、史上最も売れたアーティストの一人。
米国タイム誌の「過去1世紀で最も影響力
を持つ25人の女性」に選出されており、
その大衆文化に於ける功績から「クイーン・
オブ・ポップ」と称されることがある。作品
の売上枚数は2億7000万~3億枚以上。

困難な事を成し遂げて、目標を達成した上に作り出す自信は最高に美しいものよ。

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みんながそうだから私も無理っていう、「みんな」って一体何なの?

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しなやかで強い体でいたいわ。その方が動くのも楽だし、見た目も魅力的でしょ。

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好きな男にキスする事の次に読書が好き。

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私は日本食が大好き。私のシェフは日本人よ。

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『笑う事って、とても大切。私は自分の事を笑い飛ばすようにしているの。深刻になり過ぎないように。』(※マドンナは自分を次のように分析しています。「私は物事に対して心配し過ぎる傾向があります。他人にどう思われるか、人を傷つけるんじゃないか、最高の仕事をしているか、っていつも気に病んでいます」。
最近のインタビューでの「悩んだりする事はありますか?」という質問に対しても「あらゆる事について悩んでいるわ。一日中、子供たち(実子2人(長女・長男)、養子4人の計6人)の心配をしているし、自分の健康の事、夜眠れない事、自分が携わっている全てのプロジェクトの事、そして世界情勢。悩ましくない事なんて一つもないわ」と答えている)

 

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結婚はしていても不健全な関係の夫婦をいっぱい知っている。結婚は何の保証にもならないのよ。

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「できない」「やるわけがない」「してはいけない」と私に言い続けてきた人、あなたたちが私を強くし、努力をさせ、闘志みなぎる人間にしてくれたの。だから、ありがとう。

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『私は人が悪趣味だとか、変だというものに惹かれるの。何かがあると思うのよ』(※1984年マドンナが26歳の時、セカンドアルバム「ライク・ア・ヴァージン」が世界的に大ヒットします。アルバムからの第一弾シングルでアルバムタイトルにもなったこの曲ですがマドンナの最初の感想は「悪趣味で変な曲」だったそうなのです。これは彼女が興味を持ったという意味です。「ヴァージンは確かに処女という意味だけど、この曲で表現されているのは性的な意味よりも「新しい」という意味。恋やその他の事で自分をまっさらで新鮮にしてくれるものがあるわよね、それって素敵な経験よねって私は歌っているのよ。でも世間はヴァージンという言葉だけに反応したわ。狙い通りなんだけど」と語っています)

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『私は人に無視されるよりも、気がかりな存在でいたいの』(※33歳、写真集『SEX』が大バッシングされた時の言葉。マドンナは論争を引き起こし、人々特に女性を覚醒させることが自分の使命であると強く思っていました。性を抑圧したりするから、不品行な事をする人が現れるのよ。この写真集で私は前例を作って、女性たちに表現する自由を与えたの。パイオニアになった自分を誇りに思うわと述べている)

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『私はオールAの優等生だった。好きで勉強していたわけじゃないの。しなきゃならないからやっていただけよ』(※母親の死後、家政婦だった女性と父親が再婚。この継母にマドンナは反抗的で「ママ」と呼ぶ事はありませんでした。父親と同じく継母は躾に厳しく、マドンナ含む6人の子供たちは彼女の監視のもとに教育されました。マドンナが育ったのは保守的な価値観を持つ家庭でした。人と競争し続ける事、学校で良い成績をとる事、そして神に祈る事が大切な事。そうすれば必ず見返りがあるという教育はマドンナには居心地が悪く、家から出る事を夢見るようになります)

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お金や社会的地位がない家庭で育って、正式な教育を受けていなくても、生き残るために人生のある時期、真剣に闘う必要があった人たちに共感を覚えるの。その経験が人格に新しい個性を与え、独自のスタイルを創り出すのだと思う。独自のスタイルを創り出す事って究極のチャレンジだと思うのよ。

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『ようやく全てに勝つ必要がない事を学んだの』(※ガイ・リッチーとは2008年の50歳の時に離婚。子供はマドンナが育ててきましたが2015年、15歳になった息子が父親と暮らしたいと望んだため親権争いにまで発展しました。息子の思春期の反抗と言えばそれまでですが、マドンナにとって何より苦痛だったのは「息子が自分と一緒にいたくないと思っている」という事実。この一連の争いは結果的にマドンナが相手の要求をのんだという事になります。全て思い通りにしなければ気がすまなかったマドンナにとって新たな経験でした。けれどマドンナは勝たない事で息子からの愛情を取り戻したのです)

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(※2017年59歳の時、引退について質問を受けた時の言葉)『スピルバーグになぜまだ映画を撮るのか聞く人がいる?名声も富も手に入れたのに、なぜって?ピカソに、もう80歳だろ、十分絵は描いただろ、なぜまだ描く?なんて聞く人いる?いないでしょ。そんな質問うんざり。理解できない。自分がやりたくなくなった時にやめる。殺されない限り自由にやるわ。問題ある?何かを知りたい、成長したいという強い欲求がなくなった時が、この仕事をやめる時ね』

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『若い頃に夢を見て、ためらう事なくニューヨークに乗り込んだけど本当は孤独だった。何もかもがはじめての経験で、ポケットには35ドル(当時のレートで約1万2000円)しかなくて。大胆な行動だったと我ながら思う。目標はこの街を征服する事だった。絶対に成功してみせるって思ってた。だって他に行く所がないんだから』(※マドンナは単身ニューヨークに出てきた頃、飢えてゴミ箱を漁った事もあったといいます。安くてお腹の持ちがいいからとポップコーンばかりを食べていた事もあったようです。思うようにいかない時代、深呼吸して、歯を噛みしめて「私は世界を征服する」、この言葉を自分に言い聞かせていたのです)

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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