オードリー・ヘップバーンの名言や考え方から生き方を学ぶ。

オードリー・ヘップバーン(女優)の名言・格言

オードリー・ヘップバーン(女優)の名言・格言

 

【人物紹介】
こんにちは。
今回はイギリス人であり、アメリカ合衆国で活動した女優
であるオードリー・ヘップバーンの言葉をご紹介したいと
思います。1944年にオランダ大飢饉が発生した時、物資の
補給路はドイツ軍によって断たれたままでした。
飢えと寒さによる死者が続出し、ヘプバーンたちはチュー
リップの球根を食べて飢えをしのぐ環境でした。大戦中に
ヘプバーンは栄養失調に苦しみ、戦況が好転しオランダが
解放された時には貧血、喘息、黄疸、水腫にかかっていました。
回復を助けたのは、ユニセフの前身の連合国救済復興機関
(UNRRA)から届いた食料と医薬品だったのです。
後年に受けたインタビューの中で、少女時代に受けたこれらの
戦争体験が、後年のユニセフへの献身につながったと語っています。
スイスの自宅で、虫垂癌のため1993年(63歳)に死去。
■主な作品■
『ローマの休日』(1953年)
『麗しのサブリナ』(1954年)
『ティファニーで朝食を』(1961年)
『シャレード』(1963年)
『マイ・フェア・レディ』(1964年)
『暗くなるまで待って』(1967年)

戦争を経験すると死や貧しさ、危険などについて学び、安全な暮らしの大切さや、それが突然失われる事もあるという現実を痛感させられます。そして、どうしても失いたくないものは何なのか、真剣に考えるようにもなります。

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不幸な体験は私の人生に積極性を与えてくれました。

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父に捨てられた事は、私の一生で最もショッキングな事件でした。

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映画を1本撮るごとに自信がつく、また失う、の繰り返しでした。撮影が一つ終わると、「もう二度と映画には出ないわ」と思ったものです。

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『一生を振り返った時、映画はあっても、自分の子供たちの事を知らなかったら、とても悲しい事です』(※40歳で2人目の子供が生まれて主婦業に専念している時、世界的スターであるオードリーのもとには何本もの映画の脚本が届けられましたが彼女は映画の話を断り続けました。子供が何より大切、この考えは頑固なまでに一貫していました。「私にとっては子供たちの成長を見ることほど、楽しくてワクワクする事はありません。それに子供の成長はその時一度しかないのです」)

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結婚が破局を迎えた時は惨めでした。物凄い失望感を味わいました。善良で愛し合う人同士の結婚は、どちらかが死ぬまで続くはずだと思っていたからです。

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私はユニセフが子供にとって、どんな存在なのかはっきり証言できます。なぜなら私自身が第二次世界大戦の直後に食料や医療援助を受けた子供の一人だったのですから。

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美しい唇であるためには美しい言葉を使いなさい。美しい瞳であるためには他人の美点を探しなさい。

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あなたには2つの目と2つの手があります。1つの目は自分を見つめなさい。もう1つの目は人を見なさい。1つの手は自分のために。もう1つの手は困っている人に差し伸べなさい。

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私を笑わせてくれる人が大好きです。正直、笑うのが一番好きなの。多くの病気も治してしまうの。人間にとっておそらく最も重要なものです。

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『若く見えるとしたら、それはきっと、たっぷりのモイスチャーライザー(保湿成分)と歩く事と、睡眠のおかげ』(※これはオードリーが友人から何故そんな若さを保てるのかと聞かれた時の回答です。オードリーは歩く時ものんびりした散歩ではなく、速足でガンガン歩くのが好きでした。睡眠も夜12時までには寝るようにして最低8時間とるようにしていました。食事も野菜中心を心掛けていたそうです。ただ少々のタバコとアルコールといった楽しみは残していたそうです)

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『女優の道に進んだのは偶然からでした。私は無名で、自信も経験もなく、痩せっぽっちでした。だから全身全霊で努力しました。その点では自分を褒める事ができます』(※オードリーは、もともとはバレリーナになりたかったのです。母親の勧めもあり、幼い頃からバレエを習い、戦後ロンドンに渡って著名なバレエの指導者に師事しますが、そこで決定的な事を言われます。「あなたは優秀だけれど、プリマ・バレリーナにはなれない」。その時代の男性と組むには背が高すぎたのです。尊敬する先生からの言葉はショックで酷く落ち込むけれど、生活費を稼がなければならないから、クヨクヨしている暇はありません。女優オードリー・ヘップバーンは女優を目指した女の子が女優になったのではなく、バレリーナになりたかった女の子が夢を閉ざされ、生活費のために探した仕事から誕生したのです)

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前に一度、定義を聞いた事があるの。幸せとは、健康と忘れっぽさなんですって。それを発明できたらいいのにね。だって本当の事なんですもの。

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ほぼ引退しスイスで平穏に暮らしていた1989年にユニセフから国際親善大使に任命されます。オランダで終戦を迎えた16歳のオードリーは食料不足で痩せ細り様々な病気を抱えていました。そんな時ユニセフから支給された食料、毛布、医薬品、衣類などに救われたのです。その感謝の気持ちを忘れた事がない彼女は「私にできる事なら」と快く引き受け、エチオピアをはじめ、スーダンなどの内戦、干ばつなどで人々が苦しんでいる国を歴訪しました。赤ん坊や子供に笑顔を向け、抱きしめました。自分の経験をスピーチし、世界に窮状を訴え支援を求めると、多くの物資がすぐに訪問国に送られました。その時オードリーは『私が有名で良かったわ。このために女優をやってきたのかもしれないわ』と喜んでいました。自分の人生を振り返った時に映画しかないという事態は絶対に避けたいとオードリーは思っていたのでユニセフの活動に魂を捧げていました。『子供より大切な存在なんてあるのかしら?』と晩年、家族に語っていたそうです。

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私にとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになった事。自分と他人の欠点を受け入れられるようになった事です。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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