立川談志の名言や考え方から生き方を学ぶ。

立川談志(落語家)の名言・格言

立川談志(落語家)の名言・格言

 

【人物紹介】
古典落語に広く通じ、現代と古典との乖離
を絶えず意識しつつ、長年にわたって理論
と感覚の両面から落語に挑み続けた。
古典落語を現代的価値観・感性で表現し直
そうとする野心的努力が高く評価されたが、
その荒唐無稽・破天荒ぶりから好き嫌いが
大きく分かれる落語家の一人でもあった。
落語のみならず、講談、漫談をも得意と
するなど、芸域の広さで知られた。
2011年(75歳)に死去。

よく覚えておけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方がない。現実は事実だ。

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型ができてない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。結論を云えば型をつくるには稽古しかないんだ。

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好きな事だけで仕事は選べない。「好きの虫」を育てる事が仕事の醍醐味になるのだ。

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酒が人間を駄目にするのではない。人間は元々駄目だという事を教えてくれるものだ。

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(※女子高生が売春していたという報道を聞いた時)女子高生が売春をした?売春婦が高校に通ってたんだろ。

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『人が本当にしたいのは自慢話だけ』(※自慢話ばかりじゃ嫌味かなと自分の失敗談を聞かせた経験、おそらく皆さんお持ちかもしれません。実はこの失敗談というのも裏を返せば自慢話になっているのです。「大きな失敗をやらかしちゃって・・・、参りましたよ」というような失敗談を語る時、人は「こんな大きなミスを犯してしまいましたが、私は謙虚にお話しする事ができるんです。どうよ、凄いでしょ?」「ダメな自分を表現できるのって偉いでしょ?」という気持ちが作用しているともいわれています。結局、どう謙虚になろうと誰もが自分の事が好きで、自分に起因した話題になってしまうという人間心理です)

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『大人に魅力がなければ、子供に伝わらない』(※こんなに美しい自然があったよ。こんなに心に沁みる歌があったよ。こんなに素敵なダンスを踊るダンサーがいたよ。例えそういう事を思う大人がいたとしても、語ろうとする大人自身に魅力がなければ、誰も耳を傾けてはくれない)

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『腹が減ると食べ物がいかに有難いかがよくわかる』(※現代の日本人の生活において、本当の空腹を感じる事がどのぐらいあるだろうか。ただ単に時間が来たから食べるという人が多いのではないだろうか。しかし腹が減ったから食べるというのが食の本当の姿ではないか。それでこそ食べ物が美味しく感じられるのだ)

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『質だけでなく量も伴ってはじめてプロである』(※談志が最も尊敬するのが漫画家の手塚治虫で、彼こそが天才だと色々な所で発言していた。プロというのはその質が良いのはもちろんの事、いくつもの傑作を生み出さなければならない。生産するという分量をこなしてこそプロと呼べる。それができなければ、たまたま運が良かったか、1回きりなら偶然できたに過ぎないという考え)

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『修業とは理不尽に耐える事である』(※プロの仕事には理不尽な出来事がつきものだから、修行の時からそれに慣れておけという意味が込められています。きっちりマニュアルに乗っ取って遂行できる仕事でも、イレギュラーな事が勃発します。理不尽に遭遇した時に難なく対処できるように、という師匠の親心です。弟子が体験した理不尽なエピソードがあります。ある日、談志に寿司屋に連れて行ってもらいました。寿司屋の大将に弟子を紹介し「こいつに寿司を握ってくれ。ただし前座といって一番身分が低いからネタはなしで」と、シャリだけの寿司が目の前に並んだ。それを全て食べ終えた弟子に談志が「どれが一番美味かった?」と尋ねた。素直にウニが食べたかった弟子は「ウニが一番美味しかったです」と答えると「俺に内緒で食ったのか、クビだ!」と言われました。もちろんクビにはなっていませんが)

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『1つの事を30年やった者は刮目して見よ』(※1つの仕事、ジャンルを30年間ずっとやり続けるという事は凄いと無条件で認めている。色んな方面で活躍するというのは、どれかがモノにならなくても、もう一方ができればOKで生きる手段として成り立つ。そんな風に器用に立ち回る事ができれば、食いっぱぐれる事はないが、皆が皆、そうできる訳ではない。ならば例え不器用であってもコツコツと続ける事で、その道のプロになる事ができると諭している。なかなか大成しない弟子がいた時、できない事を追い詰めず「そういう道を選んでもいいんだよ」と示唆した事もあったそうです)

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昔は世間様があった。悪い事をすれば近所の大人たちが叱った。個人主義にも功罪がある。子供を教育するのは第一次的には親、二次的には学校であろう。昔はもう一つあった。世間である。親の目の届かない所は世間が教えた。悪い事をすれば、そこに親がいなくても近所のオヤジがゴツンとやったものだ。「子供は皆で育てる」という意識があったのだろう。今はそれがなくなってしまった。だからよその子が悪い事をしても注意しない。子供は親にバレなければ何をしても良いと思うようになる。結果、社会のルールを覚えないまま大人になり自我が肥大化したおかしな人間ができあがる。もう一度「世間で育てる」という事を考えてみる必要があるのではないだろうか。

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強者は弱者を助ける事で、己が強者である事を確認する。だけど気まぐれだから助けない事もある。弱者は人を助けないね。

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孤独な人間も心のどこかで、共感してくれる人や、共感する言葉を探している。

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生き甲斐は小さい方がいい。周りに、社会に、地球に、迷惑が掛からない程度のものがいい。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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