がばいばあちゃんの名言や考え方から生き方を学ぶ。

がばいばあちゃん(島田洋七の祖母)の名言・格言

がばいばあちゃん(島田洋七の祖母)の名言・格言

 

【人物紹介】
島田洋七の母方の祖母であり、小説「佐賀のがばい
ばあちゃん」のおばあちゃん本人。本名は徳永 サノ。
家は超のつく貧乏であり、ばあちゃんは苦労人だった。
だがそれ以上に、明るく逞しい「がばいばあちゃん」で
あった。(※がばいとは正しくは『とっても』という意味で、
決して『すごい』という意味ではない)。
がばいばあちゃんは24歳(1924年)の時に当時自転
車店を営んでいた島田洋七の祖父と結婚し、徳永
秀子(島田洋七の母親)を含む七人の子供を産ん
だが、夫が55歳で他界したため、女手ひとつで育てる
こととなってしまいました(当時42歳)。また、当時は
太平洋戦争中でもあり、空き地を耕して作った菜園
で野菜を育て飢えをしのいだといわれています。
43歳から学校の掃除婦として毎朝4時から働き、
78歳までの35年間一度も休みませんでした。
7人の子供を無事社会に送り出した後、しばらくは
一人暮らしであったが、秀子(島田洋七の母親)の
計らいで孫にあたる島田洋七と一緒に暮らすことにな
りました。その後、島田洋七が漫才師となってからも
彼を支え続け1991年(91歳)に死去。

「さよなら」と言えるだけでも幸せ。「またね」と言えたら、もっと幸せ。「久しぶりね」と言えたら、もっともっと幸せ。

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高い物が旨いんじゃなくて、今食べたい物が一番旨いし、高級品たい。

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私の人生何なんだろう?とか難しく生きるなよ。終わりにしかわからんばい。

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コツコツやってもなぁ、と思う前にコツコツやれ!コツコツの先に成功があると思うよ。

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『世の中には病気で死にたくない人がいっぱいおるのに、自殺なんて贅沢だ』(※最近では「このまま生きていく意味がわからない」といった理由で自殺する人も増えています。がばいばあちゃんは新聞で自殺の記事を目にした時には「贅沢もん!」といつも真剣に怒っていたそうです。大事な夫を早くに亡くし、その日食べる物にも事欠く毎日を、必死で生き抜いてきただけに、無理はないのかもしれません)

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贅沢する事だけが幸せじゃない。小さな幸せを大きく感じる事が本当の幸せかも。

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自分が貧乏で毎日食べる物にも困っているというのに、泥棒にさえ、おにぎりを作って食べさせてやっていた、がばいおばあちゃん。そんな、おばあちゃんを頼りにして時々やってくる乞食も何人かいました。勿論おばあちゃんは食料がある限りは何か食べさせていました。「ああ、しずおさん」とか「なっちゃんか」とか名前も覚えていて、もはや知り合いも同然。ある日、空腹に耐えかねた子供の頃の島田洋七さんは「うちだって貧乏なのに、何であんな人たちに親切にするの!?」と聞いてみた事がありました。すると、おばあちゃんは、いつになく思い詰めた顔をして、「好きで、あんなになった訳じゃなし・・・1万人生まれてきたら何人かは故障すると」、と答えたのです。誰もが同じように平穏無事な一生を過ごせる訳じゃない。病気になったり、道をあやまったり、「故障」する人間も必ずいる。ばあちゃんの一番末の息子のアラタちゃんは幼い頃の事故が原因で知的障害を負っていたのです。「アラタちゃんが死ぬまで死ねない」と言うのが、ばあちゃんの口癖で、その言葉の通り、アラタちゃんは亡くなるまで、ばあちゃんの側で深い愛情を受けながら暮らしたのです。誰にでも優しく親切に接する、おばあちゃんの心の片隅には、いつもアラタちゃんの事があったのかもしれません。

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頭のいい人はちょっと暗いし、アホは明るいし、世の中すごくバランスが取れとるよ。

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子供が泣いても怒るなよ。子供はあんたを頼っているからね。

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『金、金と言うんじゃなか。1億円あったって、金魚1匹つくれんばい』(※毎年春と秋、佐賀城近くの松原神社でのお祭りでの事。金魚すくいの屋台で泳ぐ金魚をじーっと見ながら言ったセリフ。これには周りのお客さんも拍手喝采)

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花屋の花は、人の手が加わっているから大きくて当たり前。小さくても自分の力だけで一生懸命咲いているのが一番綺麗だよ。

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人間、自分の事が一番わからない。人の事はよくわかるけれど、自分では自分のいい所しか見えていないものだ。だから人を嫌うな。もし自分を悪く言う人がいても、気が合わないだけだと思え。

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『葬式は悲しむな。ちょうど良かった、潮時だった。』(※その言葉の通り、ばあちゃんの葬式は賑やかな大宴会だった。葬式でいくら悲しんでもその人は帰ってこない。それより毎年思い出しては供養してあげる方が亡くなった人もきっと喜ぶはずだと島田洋七さんは語っています)

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『何飲んだって、同じ事くさ。大丈夫!お前なら40度は出せる』(※島田洋七さんが子供の頃、ばあちゃんと生活していて風邪をひいてしまった。体がガタガタと震え、意識朦朧とした状態で寝ていたら、ばあちゃんが正露丸と水を持って来た。その薬はさすがにおかしいだろうとは思ったのですが、ばあちゃんは普段から薬に頼らない人だったのです。8年間佐賀県で一緒に生活をしていて風邪をひいたのを見た事がなかったのでそれしか常備されていなかったのです。体温計を見ると38.2度。この状況下での、ばあちゃんの言葉)

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『ファンをいっぱい作るより芸を磨け。芸を磨いて売れたらファンなんてまた、いっぱいついてくる。2、3人に嫌われても、あと地球には60億人がいるよ。』
(※漫才ブームの波に乗って何十本というレギュラー番組を抱えるようになった時「俺の友達」を名乗る人がどっと増えたのだ。そして漫才ブームの衰退とともに、そういう「友達」も潮が引くように俺の元を去っていった。でも俺はさほど気にもとめなかった。ばあちゃんの言葉がずっと心に残っていたからだった)

 

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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