哲学者である三木清の言葉から生き方を学ぶ。

三木清(哲学者)の名言・格言

三木清(哲学者)の名言・格言

 

【人物紹介】
1945年(48歳)戦時中に治安維持法違反で
逮捕され獄死しましたが、死後刊行された
『人生論ノート』が終戦直後のベストセラーに
なりました。1927年に岩波書店から日本初の
文庫本が出版されました。ドイツのレクラム文庫
に範をとり、この文庫本というスタイルを発案しま
した。当時法政大学で教鞭をとる傍ら、岩波書店
で編集顧問のような仕事をしていました。現在も
岩波文庫の巻末には「読書子に寄すー岩波文庫
発刊に際して」という文章が掲載されていますが、
その草稿も手掛けました。

自己の不幸を不成功として考えている人間こそ、誠に憐れむべきである。他人の幸福を嫉妬する者は幸福を成功と同じに見ている場合が多い。

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孤独は山になく、街にある。1人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。

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人は軽蔑されたと感じた時によく怒る。だから自信のある者は、あまり怒らない。

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一種のスポーツとして成功を追求する者は健全である。

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成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。

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幸福論を抹殺した倫理は、一見いかに論理的であるにしても、その内実において虚無主義にほかならぬ。

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機嫌が良い事、丁寧な事、親切な事、寛大な事・・・幸福は常に外に現れる。歌わぬ詩人というものは真の詩人でない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如く、自ずから外に現れて、他の人を幸福にするものが真の幸福である。

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『気分的なものは生理的なものに結びついている。従って怒りを鎮めるためには生理的な手段に訴えるのがよい』(※その1つが体操です。体操は身体の運動に対する正しい判断の支配であり、それによって精神の無秩序も整えられるといいます。また我々の怒りの多くは神経のうちにあるから空腹や睡眠不足など、神経を苛立たせる原因になるような事も避けるべきなのだという考えです)

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人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は運命と称している。

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『虚栄は人間的自然における最も普遍的な、且つ最も固有な性質である。虚栄は人間の存在そのものである。人間は虚栄によって生きている。虚栄はあらゆる人間的なもののうち最も人間的なものである。』(※自分を実際よりも良く見せようという事であれば、ネガティブな意味ですが、自分をより高めようと努力する事であればポジティブな意味になります)

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旅に出る事は日常の生活環境を脱ける事であり、平生の習慣的な関係から逃れる事である。旅の嬉しさは、かように解放される事の嬉しさである。

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全ての人間の悪は、孤独である事ができない所から生ずる。

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繰り返して読む愛読書を持たぬ者は、その人もその思想も性格がないものである。

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愛は私にあるものでも相手にあるものでもなく、いわばその間にある。

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出発点が旅であるのではない、到達点が旅であるのでもない、旅は絶えず過程である。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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