チェ・ゲバラの言葉から生き方を学ぶ。

チェ・ゲバラ(キューバ革命家)の名言・格言

チェ・ゲバラ(キューバ革命家)の名言・格言

 

【人物紹介】
アルゼンチン生まれの政治家、革命家で、
キューバのゲリラ指導者。
1967年(39歳)に死去。

明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?

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『君たち日本人はアメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか』(※ゲバラはエジプト、インドに次いで日本を訪れている。当時、通産大臣だった池田勇人と会談。その後、ゲバラら使節団は広島に行く事を希望。ところが日本側がこれを拒んだため、ゲバラらは自分たちで夜行列車の切符を取り、広島入りして原爆慰霊碑に祈りを捧げた。ここに挙げた言葉は広島県の担当者にゲバラが英語で語ったものです。それまでずっと口を閉ざしていたゲバラは原爆資料館を見学するうちに原爆の惨禍に対して深い同情と怒りをあらわにしたのです)

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『未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ』(※社会を変える革命に人生をかけたゲバラ。将来のために権力や政府と戦い続けましたが、苦しみに耐えるように生きたのではありません。夢に描く将来を実現するために必要な、今日という日、今日するべき事を大切にして生きたのです)

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なんでもないアスピリン1錠でも患者を思いやり、苦しみを自分のものにできる友人の手から与えられれば、患者にとってどんな意味を持つだろう。その大きさは科学では測れない。

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『僕は1日16時間から18時間働き、できるなら6時間眠る。でもそんな睡眠時間はなかなか取れないね』(※ゲバラの勤勉さは彼のもとで仕事をした同僚や秘書、部下たちが口を揃えて称えている。ゲリラ戦士として戦っている時も、工業大臣として奔走している時も、読書と日記をつける事は決して欠かさなかった。時間は必ず厳守し、終業後に帰宅しても夜中の3時まで書斎の灯が消える事はなかったといいます)

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『甘ったるいと思われるかもしれないが、言わせてほしい。本当の革命家は大いなる愛情に導かれている。愛のない本物の革命家なんて、考えられない』(※大きな愛がなければ人は革命家たり得ない、こう論じたゲバラは、まさにその典型でした。彼の徹底した理想主義は世界中のあらゆる虐げられた人々に向けられました。他者への惜しみない愛が、ゲバラをボリビアでの闘争へと導き、生涯を革命家として終える事となります。全ては他者への愛でした)

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戦士として厳しい生活を送る中で、女性は女性特有の資質を持ちながら、しかも男性と同じように、働く能力を持った同志である。女性には戦う能力がある。男性より体力は劣るが、我慢強さはひけをとらない。

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私が物を書くのは、真実を伝えたいという情熱に導かれているからに、ほかなりません。

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先の事?正直言って、自分の骨をどこに埋める事になるのかもわからない。

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我々にとって社会主義の確かな定義は、人間の人間による搾取の撤廃以外にない。

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世界のどこかで誰かが不正な目にあっている時、それを感じる事ができるようになりまさい。それが革命家の最も素晴らしい資質だ。

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アメリカに、他人の家に土足で上がれない事を、わからせる為に闘うのだ。

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アメリカ政府は、現在の非平和的共存にやたら高値をつけて請求してくる。しかし我々は、尊厳を失ってまで言いなりになる事はできない。それ以上の妥協はしない。

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僕はよく冒険家だといわれます。タイプが違いこそすれ、確かにそうです。自分の真理を示すために命を賭ける人間なのです。

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いくら革命下の苦しい状況とはいっても、モノ作りをおざなりにしてはならない。良いもの、美しいものを作ろう。手を抜いて醜い不良品を作る事は大きな間違いだ。

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いかがでしたか。
参考になる考え方はありましたか?
今後も更新を続けますので、
また見に来てくださいね♪
僕も毎日お寺で修行中ですよ。

 

 

 
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